氷河期世代にiDeCo拡充?それ“救済”じゃなくて自己責任です

https://t.co/0gNFQKT7po Yahoo記事です

氷河期世代に対してiDeCoの追加拠出枠を設けるという政策が、議員連盟の間で検討されはじめている。一見すると「ようやく国が動いた」と感じる人も少なくないだろう。しかし冷静に考えてほしい。この政策は本当に、氷河期世代を”救う”ものなのか。それとも、救済の体裁をまとった自己責任の押しつけに過ぎないのか。

iDeCo追加枠という政策の表と裏を徹底的に解剖する。氷河期世代が置かれた現実、国が直接支援を避け続ける構造的な理由、そして個人として今何ができるかを、一切の遠回しなく論じていく。


iDeCo追加枠とは何か:制度の概要をまず整理する

iDeCo(個人型確定拠出年金)とは、自分で掛け金を拠出し、自分で運用し、老後に受け取る私的年金制度のことだ。最大の特徴は税制優遇にある。掛け金は全額所得控除の対象となり、運用益は非課税、受け取り時にも一定の控除が適用される。長期投資を前提とした場合、節税効果は非常に大きく、老後資産の形成手段として有力な選択肢のひとつだ。

今回検討されているのは、この制度の拠出上限額を氷河期世代(主に1970年代前半〜1980年代前半生まれ、現在おおよそ40代後半〜50代)に対して上乗せするという案だ。これは既存の制度を拡張するかたちをとるため、新たな財政出動をほぼ必要としない。国としては、予算をほぼ使わずに「支援しています」と言えるスキームだ。


なぜ今、氷河期世代が問題になっているのか

氷河期世代とは、1990年代から2000年代初頭にかけて就職活動をした世代を指す。バブル崩壊後の長期的な景気低迷の中、企業は新卒採用を激減させ、大量の若者が正規雇用のレールから外れた。当時の日本社会は「新卒一括採用・終身雇用」という閉じたシステムで動いており、最初の入口を外れた者が後から正規雇用に戻ることは極めて難しかった。

その結果、この世代の多くは非正規雇用のまま年齢を重ね、収入が上がらず、キャリアも積み上がらず、貯蓄もできない状態が数十年にわたって続いた。厚生労働省の調査でも、氷河期世代は他の世代と比較して就業の不安定さや収入の低さが顕著に見られると指摘されている。

問題はそれだけではない。この世代はあと10〜20年で定年や年金受給の年齢を迎える。しかし積み上げてきた年金記録は薄く、貯蓄も少なく、老後資金が著しく不足する可能性が高い。そのまま放置すれば、大規模な高齢貧困層が生まれることになる。これは個人の問題であると同時に、社会保障制度を揺るがす国家的な問題だ。


「税制優遇を増やす」ことの本質的な限界

ここが議論の核心だ。iDeCoの拠出上限を増やすということは、端的に言えば「もっとたくさん自分で積み立てていいですよ」という許可を与えることに過ぎない。制度を使うための費用は、すべて自己負担だ。

税制優遇は確かに魅力的だ。たとえば年収400万円の会社員が毎月2万円をiDeCoに拠出した場合、年間で数万円の節税効果が得られる。長期で見れば決して小さくない数字だ。しかしここに、根本的な問題がある。その「毎月2万円」を捻出できる余裕が、氷河期世代にあるだろうか。

非正規雇用が長く、年収200〜300万円台で生活してきた人が、老後のために毎月まとまった金額を投資に回すことができるか。家賃、食費、光熱費、場合によっては親の介護費用も重なる中で、将来のための貯蓄に回せる資金がどれほどあるか。iDeCoの拠出上限を増やしても、その上限まで拠出できる人は、もともと経済的に一定の余裕がある人だ。

つまりこの政策は、「使える人はより多く使えるようになる」制度の拡張であって、「使えない人を使えるようにする」支援ではない。恩恵を受けられる人と、本当に支援を必要としている人とのあいだに、決定的なズレがある。


国が「直接支援」を避け続ける理由

では、なぜ国は直接的な支援をしないのか。給付金を出す、年金を上乗せする、あるいは就労支援に大規模な予算をつける、といった方法をなぜ採らないのか。

答えは財政だ。日本の財政は長年にわたって赤字が続いており、政治家も官僚も、新たな歳出増を極力避けようとする。直接給付は財政負担が明確になるため、批判を浴びやすい。一方でiDeCoの拠出上限を変えるような税制措置は、直接的な支出を伴わないため、「財政健全化との両立」という名目を維持できる。

もうひとつの理由は、「自己責任」という言葉が日本社会に深く根付いているからだ。「自分の老後は自分で備えるべき」という規範は、政策立案者にとって非常に都合がいい。その規範を前提にすれば、税制優遇を整えることで「国は環境を整えた、あとは個人の問題だ」と言い切ることができる。責任の所在を曖昧にしたまま、政策を打った実績だけを積み上げられる。

批判をかわしやすい、というのも重要な要素だ。「iDeCoの枠を拡大した」という事実は数字として残る。しかしその恩恵が氷河期世代のどれほどの割合に届いたか、老後の貧困がどれだけ改善されたかは、何年も後にならないとわからない。政策の効果検証が難しいからこそ、見栄えのいい制度設計が選ばれやすい。


本来やるべきだったこと:問題の根っこはどこにあるか

氷河期世代の問題は、50代になって突然発生したものではない。20代のとき、30代のとき、何度も介入のチャンスがあった。

まず、1990年代から2000年代にかけて、政府は若者の非正規雇用化を「雇用の流動化」として容認し、むしろ推進した面がある。企業が人件費を削減しやすくするための規制緩和が進み、派遣や契約という雇用形態が急速に拡大した。しかしその副作用として生まれた大量の不安定就労者への対策は、ほとんど講じられなかった。

次に、2000年代から2010年代にかけては、非正規雇用から正規雇用への転換を支援する制度が一部設けられたが、予算も規模も限定的で、実際に正規化できた人数はごくわずかだった。就労支援のプログラムは存在したものの、参加者が実感できるほどのキャリア形成には結びつかないケースが多かった。

そして今、50代になった氷河期世代に対して「iDeCoをもっと使ってください」と言う。これは、若いときに適切な支援をしなかった結果に対して、自己責任で後始末をするよう求めているのと構造的に同じだ。

問題の発生源は社会的・制度的なものだった。にもかかわらず、解決策として提示されるのは個人の行動変容を促すもの。この非対称性こそが、この政策の最大の欺瞞だ。


iDeCo自体は悪いのか:制度の本来の価値を正しく評価する

誤解を避けるために明確にしておきたい。iDeCoという制度そのものは、優れた仕組みだ。節税しながら老後資産を形成できる手段として、使える立場にある人にとっては非常に有効な選択肢だ。

掛け金が全額所得控除になる点は、他の投資手段にはない強みだ。NISAと組み合わせることで、税制優遇を最大限活用しながら資産形成ができる。特に会社員で、ある程度の余裕資金がある人、または収入が安定しており長期で運用できる人にとっては、活用しない手はない制度だ。

問題はあくまで、この制度を「氷河期世代の救済策」として提示することにある。iDeCoは老後の資産形成ツールであって、生活基盤の立て直しツールではない。今まさに生活に余裕のない人を支えるための制度ではなく、すでに安定した基盤の上にある人がより豊かな老後を設計するための制度だ。その性格を変えずに、ターゲットだけ「氷河期世代」と銘打っても、実態は伴わない。


今の日本の政策に欠けているもの:本当の意味での構造改革

氷河期世代問題を本質的に解決しようとするならば、必要なのは以下のような施策だ。

まず、就労の安定化と収入底上げだ。非正規雇用者の処遇改善、同一労働同一賃金の実効性ある徹底、そして中高年の正規雇用転換を後押しする制度の大幅拡充が必要だ。現在の収入が上がらない限り、どんな投資優遇も機能しない。

次に、年金制度の実質的な補強だ。長年低収入だったために年金記録が薄い人たちに対して、加算や猶予ではなく、実質的な給付水準の底上げが必要だ。これは財政負担を伴うが、将来の生活保護受給者を増やすよりも、長期的には社会コストを抑える可能性がある。

さらに、キャリア形成の後押しだ。50代でも職業訓練や資格取得を通じてキャリアを刷新できるような、実効性のある支援制度が求められる。これは単に講座を用意することではなく、受講後の就職支援、賃金補助、企業側へのインセンティブも含めた総合的なパッケージでなければならない。

これらはすべて、財政負担を必要とする施策だ。だからこそ、実行が難しい。しかしそこから逃げるために「iDeCoを使ってください」という選択肢を「支援策」と呼ぶことは、政治的な言葉の詐称に近い。


個人はどう動くべきか:制度に期待しすぎない戦略

政策を批判するだけでは前に進まない。では、氷河期世代を含む個人は今、何をすべきか。

第一に、制度への期待値を正確に設定することだ。iDeCo追加枠が実現したとして、それが自分の状況に有効かどうかを冷静に判断する必要がある。余剰資金があり、節税効果を享受できる課税所得がある人であれば、積極的に活用すべきだ。一方で、生活費が逼迫している状況では、無理に拠出しても意味がない。

第二に、収入の底上げを最優先課題にすることだ。資産形成はあくまで「余裕のある資金」を前提とする。収入が低い状態では、どんな投資制度も根本的な解決にはならない。副業、スキルアップ、転職、フリーランス化など、収入を増やすための手段を積極的に模索することが、長期的な資産形成の前提となる。

第三に、支出の見直しと生活の最適化だ。固定費の削減は、収入増と同様に手元資金を増やす効果がある。保険の見直し、通信費の削減、住居コストの最適化といった地道な改善が、投資の原資を生む。

第四に、iDeCoやNISAを使える状況であれば、小額でも始めることだ。完璧な条件が整うまで待つのではなく、月3,000円でも5,000円でも、始めることに意味がある。長期投資の効果は、期間に比例して大きくなる。

そして最後に、政治への関与を諦めないことだ。今回のような政策が「支援策」として通用してしまうのは、有権者がその中身を精査しないからでもある。政策の表面ではなく実態を問い続けること、そしてその声を選挙で示すことが、長期的には最も効果的な個人の行動だ。


まとめ:言葉の定義を問い直すことから始めよ

「氷河期世代への支援」という言葉は正しい。しかし今回のiDeCo追加枠は、その言葉に見合う中身を持っているだろうか。

税制優遇の拡大は、余裕がある人をより有利にする制度の拡張だ。それ自体は否定しない。しかし、それを「救済策」と呼ぶことは、問題の本質を見えにくくする。国が本当にやるべきことから目を逸らさせる煙幕になりかねない。

氷河期世代が直面している問題は、若い時代に社会が作り出したものだ。個人の失敗ではなく、制度の失敗だ。その責任を個人に帰着させ、「あとは自分で積み立ててください」という形で幕引きを図ろうとするならば、それは政治の怠慢であり、同世代への二度目の裏切りになる。

制度を使える人は使うべきだ。しかし制度の限界を知り、国の言葉を鵜呑みにせず、自分の頭で考え続けることが、今この時代を生きるうえで最も重要なリテラシーだと私は考える。

コメント

タイトルとURLをコピーしました