少子化は「若者の問題」ではなく、社会構造の問題だ

少子化の話になると、決まってこんな声が出てくる。「最近の若者は子どもを産まない」と。だが、それは本当だろうか。

今の若い世代が置かれた現実を見てほしい。不安定な雇用、低賃金、上がり続ける物価、見通しの立たない将来。そんな状況の中で、結婚や子育てに踏み出せない人が増えるのは、むしろ当然の帰結ではないか。

子どもを育てるには、お金がいる。時間もいる。そして、精神的な余裕が必要だ。ところが現実には、長時間労働、実質賃金の低下、生活コストの増大という問題が積み重なっている。

「産みたくない」のではなく、「産めない」のだ。今の少子化の本質は、ここにある。

にもかかわらず、社会は長い間、この問題を個人の側に押しつけてきた。「価値観が変わった」「若者が未熟だ」「我慢が足りない」——そうした言葉が繰り返されてきた。

だが、必要だったのは説教ではない。安心して生きられる土台だったはずだ。安定した仕事、生活できる賃金、休める環境、そして将来への見通し。それがあって初めて、結婚や子育ては現実の選択肢になる。

実際、日本では長年にわたって人件費の抑制が優先されてきた。非正規雇用の拡大、低賃金の固定化、自己責任論の蔓延。その積み重ねが、今の少子化を生み出している。

少子化は若者個人の問題ではない。社会全体の構造が招いた結果だ。

原因に向き合わないまま「もっと産め」「もっと頑張れ」と言っても、何も変わらない。それどころか、すでに追い詰められている人たちをさらに追い詰めるだけだ。

必要なのは、子育て支援だけではない。その前段階にある問題——すなわち、「普通に働けば、普通に暮らせる社会」を取り戻すことだ。

少子化は、日本社会そのものを映す鏡だ。だからこそ今、問われているのは若者ではない。社会の側が、自分自身に問い直すべき時だ。

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