副業解禁なのに、本業だけで疲弊している現実――「もっと働け」より先に考えるべきこと

「これからは副業の時代です」

ここ数年、そんな言葉をよく耳にするようになった。政府も企業も副業を後押しし、収入を複数持つことが当たり前のように語られている。

でも、正直に言わせてほしい。

本業だけで、もう十分すぎるくらい疲れていませんか?

この記事は、そんな「副業しなきゃと思っているけど、そんな余力ない」と感じている人に向けて書いた。副業を否定したいわけじゃない。ただ、その前に立ち止まって考えてほしいことがある。


「副業しろ」と言われても、そんな気力はどこにあるのか

朝早く起きて、満員電車に揺られて出勤する。仕事をこなして、会議に出て、残業して、帰宅する頃にはもう夜遅い。ご飯を食べてお風呂に入ったら、気づけばもう寝る時間だ。

休日は休日で、平日の疲れを取ることに精一杯。外出する気にもなれないし、何か新しいことを始めようにも、頭も体も動かない。

そんな生活を送っている人に向かって、「副業で収入を増やしましょう」と言うのは、正直かなり酷な話だ。

厚生労働省のデータによると、日本人の年間総実労働時間は長期的に見れば減少傾向にあるものの、サービス残業や持ち帰り仕事など、数字に表れない労働は依然として多いとされている。特に正社員は、精神的なプレッシャーも含めると、実態としての「疲労」は数字以上に大きい。

副業以前に、まず本業で消耗しきっている人が、この国にはたくさんいる


副業は「余力がある人の選択肢」のはずだった

本来、副業とは何だろうか。

スキルを活かして新しい仕事に挑戦したい。趣味を収入につなげてみたい。本業以外の世界を広げたい。そういった前向きな動機から生まれる、余力のある人のための選択肢だったはずだ。

ところが今の日本では、副業の文脈が少し変わってきている。

「本業だけでは生活が苦しいから、副業で稼がなければならない」

そういう話が増えてきているのだ。これは本来の意味での副業の推進とは、少し違う話ではないだろうか。


なぜ「本業だけでは生活できない」前提になっているのか

ここに大きな違和感がある。

真面目に働いていれば、普通に生活できる。将来への不安が少なく、子どもを育て、老後に備えられる。かつてはそれが当然のこととして語られていた。

しかし現実はどうか。

実質賃金はほとんど上がっていない。 厚生労働省が発表する毎月勤労統計でも、物価上昇を加味した実質賃金は、ここ数年でむしろ低下している局面が続いてきた。

物価は着実に上がっている。 食料品、光熱費、日用品……生活のあらゆる場面でじわじわとコストが上がっている感覚を、多くの人が肌で感じているだろう。

税金や社会保険料の負担も増えている。 手取りで見ると、以前より確実に少なくなっているという感覚は、多くの会社員が共有しているはずだ。

こうした構造の中で「足りない分は副業でカバーしてください」という空気が広がっているとしたら、それはもはや自己責任論の別の形ではないか。

「社会の仕組みが変わらなくても、個人が努力すれば何とかなる」というメッセージを、言葉は違えど、社会全体が発し続けているように見える。


副業できる人・できない人の「格差」が広がっている

もう一つ見落とせないのが、副業をめぐる「できる人・できない人」の格差だ。

副業に取り組めるのは、どんな人だろうか。

時間に余裕がある人。体力が残っている人。スキルがある人。家族のサポートを得やすい環境にある人。副業に回せる初期費用を持っている人。

逆に言えば、長時間労働に追われている人、育児や介護を担っている人、心身の余裕がない人は、副業の恩恵を受けにくい

皮肉なことに、経済的に最も苦しい状況にある人ほど、副業に割ける時間も体力もないケースが多い。副業が推進されるほど、その恩恵を受けられる層と受けられない層の差が広がっていく可能性がある。

「副業で稼げる人はいいね」と感じている人がいるとしたら、それはその人の努力不足ではなく、構造的な問題を映している。


「働き方改革」は誰のためだったのか

2019年に施行された働き方改革関連法は、長時間労働の是正や有給取得の義務化など、一定の前進をもたらした。

しかしその後も、日本の職場が劇的に変わったと実感している人は、どれほどいるだろうか。

残業時間が書類上は減っても、仕事量は変わらない。有給を取りやすくなっても、取れる雰囲気がない職場もある。リモートワークが広がった一方で、オンとオフの境界が曖昧になり、かえって労働時間が増えたという人もいる。

改革の言葉は躍っても、多くの人の「疲弊感」は変わっていない。それが現実ではないか。


副業そのものは悪くない。でも、順番がある

ここまで読んで、「副業を批判したいのか」と感じた人もいるかもしれない。そうではない。

副業は、うまくいけばとても豊かな経験になる。新しいスキルが身につく。会社の外のつながりができる。収入の柱が増えることで、本業への依存度が下がり、精神的に楽になれる人もいる。

ただ、その前に考えるべき順番があるのではないかと思う。

まず問うべきは、「どうすれば副業で稼げるか」ではなく、「なぜ本業だけでこんなに疲れているのか」だ。

長時間労働が当たり前になっていないか。人手不足で一人に仕事が集中していないか。給与水準が実態に見合っていないか。休める文化があるか。

こうした問いに向き合わないまま「副業しろ」と言い続けることは、根本的な問題から目を逸らすことにもなりかねない。


まず「本業で普通に生きられる社会」を

生活のために働き、それでも足りないからさらに副業をする。

もしそれが当たり前の前提になっているなら、どこかで社会の仕組みが歪んでいる。

必要なのは、「もっと働くこと」ではない。

真面目に本業を続けていれば、普通に生活できる社会を取り戻すこと。

そこをないがしろにしたまま「副業の時代だ」と言い続けることに、私は違和感を覚えずにはいられない。

副業に挑戦できる余力のある社会は素晴らしい。でもそれは、本業で消耗しきらない土台があって初めて成り立つものだ。

働くことに疲れている人が、「もっと働け」と追い立てられている今の空気を、一度立ち止まって問い直してほしい。そう思う。


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