いじめは、子ども特有の問題だと思われている。
だが、それは違う。
いじめとは、社会の縮図だ。
そして、その構造を最もよく知っているのが、氷河期世代である。
氷河期世代は「大人版いじめ」を経験している
就職氷河期。
数十社受けても落ちるのが当たり前だった時代。
非正規雇用、低賃金、使い捨て。
努力しても報われない。
声を上げれば「自己責任」で片付けられる。
これは何か。
強い側が、弱い側を押さえつける構造。
つまり、いじめと同じだ。
学校のいじめと社会の共通点
学校のいじめと、社会の現実は驚くほど似ている。
・加害者は大きく罰せられない
・被害者は我慢を強いられる
・周囲は見て見ぬふりをする
そして、こう言われる。
「うまくやれなかったお前が悪い」
この一言で、すべてが正当化される。
「いじめ」という言葉がすべてを曖昧にする
殴る、奪う、壊す。
本来なら犯罪である行為が、
「いじめ」という言葉に置き換えられた瞬間、急に軽くなる。
そしてそれは、大人の社会でも同じだ。
パワハラ
モラハラ
ブラック企業
名前を変えているだけで、構造は変わっていない。
なぜこの構造はなくならないのか
理由は単純だ。
強い側にとって都合がいいからだ。
曖昧な言葉で包めば、責任を問われない。
「教育」「指導」「文化」で済ませられる。
そして弱い側は、声を上げる力も奪われていく。
本当に変えるべきもの
いじめをなくしたいなら、
子どもに道徳を教えるだけでは足りない。
変えるべきは、社会の構造そのものだ。
・声を上げた人間が損をする仕組み
・弱者に責任を押し付ける空気
・問題を曖昧な言葉で包む文化
これを変えない限り、いじめは形を変えて繰り返される。
結論
いじめは、子どもの問題ではない。
社会の問題だ。
そしてその現実を、氷河期世代はすでに経験している。
だからこそ言える。
これは「昔からある問題」ではない。
「今も続いている構造」だ。

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